鹿島臨海工業地帯、
MGC鹿島工場とは?
茨城県の南東に位置する、鹿島臨海工業地帯。
鹿島コンビナートとも呼ばれるこの工業地帯は、
どのように誕生し、発展してきたのでしょうか。
その中で、MGCの鹿島工場は
どんな場所なのでしょうか。
origins &
today
鹿島臨海工業地帯の
成り立ちと今
かつて茨城県の中でも鹿嶋市、神栖市地域は、生産性の低い砂丘地帯でした。
1960年代に入り、県はこの地の農業所得を向上させるとともに、県外から鉄鋼、石油、化学、機械等の工場を誘致して所得の増大を計画。ここに「鹿島開発」の構想が生まれ、臨海地域に工場用地の造成と買収を積極的に進めていきました。
63年には工業整備特別地域に指定され、4000haの土地に30万人都市を建設するという国家プロジェクトに至ったのです。
origins
開発にあたっては組合が設立され、開発に必要な港湾や、工業用地、住宅団地などの交渉が行われました。さまざまな困難を乗り越えながら土地の取得を進めていき、1963年に鹿島港起工、69年に開港され、順次各社が操業を開始していきました。
71年には工業地帯における、鉄鋼・石油コンビナートの形がほぼ完成。
84年には鹿島の開発収束が宣言され、現在では約22,000人が働く、大規模な工業地帯となり稼働を続けています。
today
kashima plant
MGC鹿島工場は
どんな場所?
1978年、
MGC鹿島工場が操業開始
MGC鹿島工場の建設は1977年に始まり、78年に操業を開始。
近隣各社から多様な原料や、
電力・蒸気などの
ユーティリティーが調達可能という
コンビナートの利点を活かし、
プラントの新増設を行いながら、
常に成長を続けています。
鹿島工場では独自の生産技術と最新鋭の生産設備により、
過酸化水素とポリカーボネート樹脂、
光学樹脂ポリマーの生産を安定的に行っています。
めぐってみよう!
プラント群
工場中央にそびえる大きなプラント群。特徴的な緑と黄色の配色は鹿島工場ならでは。
製品タンク
工場最奥には漂白や消毒に使われる過酸化水素が保管されています。
インターンシップを実施中
撮影時、鹿島工場ではインターンシップの受け入れを行っており、工務棟でちょうどワーク実施中でした。
工場内移動
工場内は広いので、各々が自転車移動をしています。ヘルメットを装着し、交通ルールを守って安全走行。
管理棟
工場に入ると右手に見えるのが管理棟です。執務室、会議室、食堂、休憩室、入浴施設などがあります。
スポーツ施設
管理棟の目の前には本格的なテニスコートや、卓球や筋トレができる施設があります。昼休みや勤務後にリフレッシュ。